コカリナの活動

コカリナとヨーロッパ公演

コカリナとヨーロッパ公演

東日本大震災復興祈念コンサートin楽友協会

 「東日本大震災復興祈念 被災地からありがとう コカリナコンサート」を2012年1月にウイーン楽友協会で開催しました。このコンサートには、石巻・仙台のコカリナサークル14名を含めた、日本コカリナ合奏団110名が参加し、ウイーンの地で石巻の被災松から製作されたコカリナを奏でました。「東日本大震災被災地支援コカリナ&音楽プロジェクト」から派遣された被災地の子ども達はコンサートの最後に立派に挨拶をし、3階席までぎっしりと埋まった観客からは鳴り止まぬ拍手とスタンディングオベーションがおこりました。

2012年楽友協会日本コカリナ合奏団

コンサートの新聞記事

コンチェルトハウス、楽友協会黄金のホールにて

 音楽の都ウイーンで、2008年1月にはコンチェルトハウス、2010年1月には楽友協会黄金のホールにて、「新春コカリナコンサート」を開催しました。これらのコンサートには、黒坂黒太郎と、日本全国から集まったメンバーで結成した「日本コカリナアンサンブル」が出演し、コカリナを演奏しています。
 毎回、客席は地元ウイーンの聴衆で満席。そして、コカリナの素朴で美しい音色、そして被爆樹コカリナに込められた平和への願いに、毎回鳴り止まぬ拍手を頂いています。2010年1月ウイーン楽友協会黄金のホールのコンサートの様子は下記にてご覧いただけます。 詳しい情報はコカリナ通信34号35号に載っています。

日本コカリナアンサンブル演奏

黒坂黒太郎演奏「鳥の歌」(被爆樹コカリナでの演奏)
http://www.youtube.com/watch?v=ffY3h7aULIU

日本コカリナアンサンブル演奏「アイネクライネナハトムジーク」
http://www.youtube.com/watch?v=OIUc0HSUkvE

コカリナとスペイン

 2012年1月、世界的なチェロ奏者パブロ・カザルスの生誕地にスペイン・エルベンドレルにある、カザルス記念ホールで「コカリナコンサート」が開催されました。初めて聞くコカリナの音色、そしてコカリナで演奏された「鳥の歌」(カザルスが平和への祈りを込め国連本部で演奏した。)の演奏に地元観客の皆さんはとても長い、そして熱い拍手を送って下さいました。

カザルス記念ホール コンサート予告記事

コカリナとイタリア

 2008年2010年とウイーンでのコンサート後、黒坂黒太郎と日本コカリナアンサンブル有志メンバーは、イタリアでのコンサートツアーを行っています。
 このイタリアでのコンサートは「平和」や「癒し」をテーマにしたコンサートです。 ウディネ市バルドゥチ移民・難民支援センターや、2009年4月に地震で被害を受けたラクイラ市、ミラノ市ではリタイヤした音楽家達が集う家「ヴェルディの家」、レニャーゴ市のサルーテ聖母教会巡礼地などで被爆樹コカリナの音色やコカリナアンサンブルの木の重なりあう響きを披露しました。各地では地元の方と交流を行いながらコンサートを行いました。

コンサートの様子を紹介した記事

コカリナ15周年記念コンサート

 1995年に「コカリナ」と命名され日本で精度の高い楽器として誕生したコカリナは、2010年に15周年を迎えました。最初ソプラノコカリナのみで始まったコカリナが、15年の間にバリトンやトリプル、コントラバス管と種類を増やし演奏できる音域が飛躍的に増えました。その結果、コカリナアンサンブルの醍醐味も増し、各地でアンサンブルを楽しんでいる方も増えました。  15周年を記念したコンサート「ザ・コカリナ」が名古屋しらかわホール・神戸松方ホール・軽井沢大賀ホール・東京すみだトリフォニーホールで開催され、黒坂黒太郎のコカリナ演奏と共に、それぞれの会場で地元コカリナ愛好者を中心に結成されたコカリナアンサンブルが演奏を行いました。
CDジャケット ラジカセ・CDの配布

 「ザ・コカリナ」コンサートツアーの最終ステージは、東京すみだトリフォニーホール(大ホール)で開催され、黒坂黒太郎と共に、約180名のコカリナアンサンブルが荘厳で美しいコカリナ合奏を披露しました。また、このコンサートには美智子皇后陛下もお出で下さり、コカリナの響きをお楽しみ下さいました。
 詳しい情報はコカリナ通信36号37号38号に載っています。

コカリナアンサンブル演奏約180名のコカリナアンサンブル


被爆樹とコカリナ

被爆樹これは被爆樹、原爆にあった木です。木の種類はエノキ。中国地方を中心に日本各地に見られる大木で、大きいモノは太さ1.5メートル、高さ30メートルにもなるそうです。
 これは、昔、広島の陸軍病院の庭にあった大きな木で、この木の回りは入院している傷病兵や看護婦さん達の憩いの場になっていたそうです。
 1945年、今から56年前、8月6日広島に落とされたたった一発の原子爆弾は広島の町を焼き尽くし一瞬にして25万人の人々の尊い命を奪いました。その恐ろしい原子爆弾の強い熱でこの木も体のほとんどを焼かれました。でもなんとか生き延びました。戦後、この木の近くにあった基町(もとまち)小学校の子ども達が木を励まし一生懸命育てて来ました。でも1984年、今から16年前、広島を襲った大きな台風でとうとう力つき倒れてしまいました。その倒れた幹を広島の高校生達が学校に保管してきました。そして1998年8月6日、広島でおこなれた黒坂黒太郎のコンサートの時、ステージに飾ってくれました。その後この木をコカリナにしようと言う話がもちあがり、この度完成しました。この木から8本のコカリナが誕生しました。
 こんなに焼けてもなお生きようとし、美しい音を出す木に思いを寄せてみてください。そして原爆でなくなった人達に心を寄せてください。21世紀には決して核兵器など使われないように。
 真ん中の焼けたところが原爆を浴びた部分、両側からその傷を一生懸命抱くように樹皮が成長しているのがわかると思います。

被爆樹で作られたコカリナ
あの原爆で焼かれた木でも    
   こんなに美しい音が出せる 
           負けないで

              黒坂黒太郎


植樹祭とコカリナ

 2009年6月7日60回全国植樹祭が福井県で開催されました。この植樹祭のために、地元の子供たちと一般公募であつまった大人合計70名で「コカリナ隊・ふくい元気の森オーケストラ」が結成されました。半年前から、黒坂黒太郎の指導の下、練習を重ね、植樹祭本番では式典で「大樹の祈り」を、エピローグで「ふるさと」をはじめ3曲を披露し、約6300人の観客の喝采を浴びました。
 コカリナ隊が使用したソプラノコカリナは、平成17年の福井豪雨で決壊した足羽川堤防の改修工事の際に伐採された桜の木で作られたものです。当日は、皇后陛下もコカリナ隊と同じ足羽川の桜の木のコカリナを身につけてご列席くださいました。

コカリナを胸に皇后さま皇后さま「コカリナ」胸に 2009.6.8 読売新聞 福井

全国植樹祭2009ふくい 当日の様子 http://60shokujusai.pref.fukui.jp/Design/honban/

植樹祭リハーサル前日リハーサル

植樹祭式典植樹祭式典

育樹祭とコカリナ

 2004年に開催された第28回全国育樹祭(徳島県開催)にコカリナがメインステージに登場しました。地元の子供たちを中心としたコカリナアンサンブルと黒坂黒太郎・矢口周美がコカリナと歌「一本の樹」を発表しました。コカリナアンサンブルの皆さんが使用したのは、地元の木で作ったコカリナです。


コカリナが教科書になりました!!

被爆樹コカリナのお話が、高校の英語教科書になりました。
コカリナは「Wooden Flute」と紹介されています。 
広島の高校生達が、大事に保管していた被爆樹を黒坂黒太郎にコカリナにしてほしいと依頼するところから始まり、被爆樹でコカリナを制作するところ、そして、被爆樹の音色のこと等がかかれています。

掲載されている教科書は下記の教科書です。

桐原書店「WORLD TREK ENGLISH COURSE I」

高校生の皆さん、また高校生の子どもをお持ちの方、
お手持ちの英語教科書にコカリナが載っているか一度見てみてください。

教科書表紙 教科書中ページ
写真をクリックして拡大でご覧ください。

中越地震プロジェクトとコカリナ

 現在、このプロジェクトは終了いたしましたが、中越地震の被災地の方達とは、今もコカリナを通じての交流が続いており、毎年旧山古志村(現長岡市山古志)で開催される「ありがとう」祭りでもコカリナが演奏されています。

音楽愛好者とプロの音楽家が協力しあい新潟県中越大震災の被災者を支援するプロジェクトです。

CDジャケット ラジカセ・CDの配布

被災者に寄り添い、ともに乗り越えていけるよう活動し、被災地への「やすらぎと励まし」の音楽CD「明日は味方」(NHK交響楽団ハーピストの早川りさ子さんと黒坂黒太郎氏らによる「グランドハープとコカリナ」の初めてのコラボレーションCD)を制作、被災者の心のケアに役立ってくれることを願い、音楽CD「明日は味方」とともに、仮設住宅の入居者、希望者などにCDラジカセも贈呈、各地で支援コンサートも開いてきました。


メタセコイヤコカリナと中国

中国公演

メタセコイアについて
 メタセコイアは、1941年日本の植物学者三木茂博士によってその化石が発見され存在が世界に知られました。さらに1945年には、中国の植物学者によって現生するメタセコイアが発見されたのです。それは「世紀の大発見」として世界的な大ニュースになりました。その後このメタセコイアは「生きた化石」「静かなる平和の使者」「木のパンダ」とよばれ、種子や苗木が中国から世界中に送られ多くの国で育っています。日本にメタセコイアが来たのは1949年のことで、それ以後、日本中の多くの場所でメタセコイヤが育っています。

 2006年7月、このメタセコイヤから製作したコカリナを持って、総勢80名のコカリナ合奏団(日本可歌麗娜木笛演奏団)が中国北京を訪れました。
 あの人民大会堂を始め北京市内でもたれた北京オリンピック2年前イベント、国際管弦楽フェスティバル、老人ホーム慰問など計8回のステージを大成功のうちに終え、無事帰国しました。コカリナ合奏団の訪中は、長野オリンピックとのつながり、更には演奏するコカリナが中国の宝「メタセコイア」の木でできたモノであることから大変に注目を浴びました。特に矢口周美の中国語の歌詞とメタセコイアコカリナで奏でた「海よ、ふるさと」はどこへ行っても大喝采を浴びました。
 2006年11月にも、現地の方たちの熱いラヴコールを受け、南京・北京をめぐるコカリナ演奏旅行があり、計4回のコンサートが実施されました。

 2007年7月、再び、日本コカリナ合奏団は再び、北京からの熱いオファーに答えて、北京オリンピック1年前の文化祭イベントに参加するため、再訪中しました。今回日本からは、新潟の子ども達も含め、約70名のコカリナ合奏団が参加しました。北京では、北京匯文中学校コカリナ演奏団約30名、そして南京師範大学日本語科コカリナ演奏団約30名も演奏に加り、総勢130名の大合奏団が北京の空にコカリナを響かせました。演奏に使うコカリナは前回と同じように、メタセコイア製です。今回の旅でも、世界各国から集まった仲間達と「王府井」や「オリンピック広場」そして「万里の長城」などの特設会場での互いの演奏を通じ交流を行いました。更に、南京師範大学の学生さんとは北京滞在中の全旅程を一緒に行動しましたので、参加した子どもも大人も、とても深い交流ができました。
 今回の北京訪問の感想は「コカリナ通信28号」
に掲載されていますので是非お読み下さい。
 *メタセコイヤコカリナを通じた2007年のコカリナ日中合同演奏事業は「2007日中文化・スポーツ交流年」実行委員会の認定事業になりました。また、外務省の協力を得て「在中国日本大使館」の後援事業になりました。

オリンピック広場での演奏(2007年7月)
南京師範大学の学生と交流会

長野オリンピックとコカリナ

長野オリンピック

1998年長野オリンピックの際、オリンピック道路によって伐採されなければならなかった木からコカリナを製作、オリンピック会場で子ども達が演奏することによって、多くの人々に知られる所となりました。
 このコカリナのお話をもとに「コカリナの海」という本が生まれました。
 この本は小学校3・4年生の課題図書になっています。
コカリナの海